転職で「ゼロ」にはならない。平凡でも「イチ」を積みあげる。

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「あなたはこれからの3年間で2回転職して、2014年に独立するよ。」

ある日、クライアントからそう言われて驚いた。
当時のぼくは9年間勤めていた会社の営業マン。“何かが見える”ことで有名な女性経営者との商談中に、「あ、そうそう…。」みたいな軽いノリでそう告げられた。

そのときは何を言っているのか、意味が分からなかった。

たしかに9年間も同じ会社で働き、マンネリしているのは事実だったし、転職を検討したことはあったが、“仕事のあて”があったわけでもなく、すでに30歳を超えていた。

ぼくは「転職する」選択肢をどこかで放棄していた。

3年間で2回も転職するなんて、会社になじめず、仕事の辛さや理不尽を我慢ができない“子供”がすること。ましてや独立なんか、とんでもない。当時すでに結婚して、子供もいる状況で、そんな不安定な道を選ぶことはできないと本気で思っていたのだ。

“何かが見える”で有名だなんて…。さすがに今回は思い違いじゃないのか?商談の帰り道にドラッグストアで買った缶コーヒーを飲み、鼻で笑いながら会社に帰った。

結論から言うと、その後ぼくは3年間で2回転職して、独立した。

転職には紆余曲折あり、そして仕事もなく、スキルもなく、食い扶持があったわけでもない状態でフリーランスとして独立。年末の最終日に会社を退職して、正月の休み明けに出勤していく人たちを眺めては、仕事がない不安に襲われた。仕事はじめの気だるさが、あのときだけは羨ましかったことを鮮明に覚えている。

独立して、もうすぐ2年になる。

スニーカーの輸入販売、コレクターズ商品の通信販売、化粧品の卸売、ブログ、いろんな仕事をしながら、今はライターをしている。自分でもどうしてそうなったのか分からない。本当に分からないのだ。

申し遅れました。
「みんなの転職」さんに寄稿させていただきましたライターの小林敏徳(@enrique5581)です。

ブラック企業で働き、子供に泣かれたお父さんの話

つい先日、自宅に遊びに来た主婦から、こんな話を聞いた。

「旦那の職場が、いわゆる“ブラック企業”でさ。

毎日朝6時に家をでて、0時に帰ってくるの。土日だって仕事だし、先月は1日しか休んでいない…。手当がつくわけでもないのに、“子供の成長を見るよりも大切なことはあるのだろうか?”って思うんだよね。

この前なんかさ、あまりにも子どもたちと顔を合わせないから、旦那の顔を見て下の子が泣き出したんだよ。笑い話だけど、笑えないよね。」

たしかに笑えない。
ぼくが多様なキャリアを歩んできた経験から、旦那さんの仕事についてアドバイスを求められたが、「公務員だし、転職を決断するのはなかなか勇気がいるよね。」とだけ言い、笑ってごまかすしかなかった。

さすがにそれでは申し訳ないと思い、「今度みんなで焼き肉を食いながら、話をしようよ。」とLINEを送ってみたものの、あの切実な表情を思い出しては、どんな話をしようかと今でも迷っている。

紆余曲折の転職経験

転職すると「ゼロになる」と言われる。

過去に転職コンサルタントとお会いしたときも、「転職したら今までの仕事、実績、信用、人間関係はゼロになるからそのつもりで。」と厳しい口調で言われ、それは当然だと納得していた。

でも4つの会社で働き、3回転職したキャリアを振り返ってみると、「ゼロ」になる感覚はなく、むしろ軽やかに新しい「イチ」を積みあげてきた気がする。

年末の最終日に、上司とケンカして飛び出した最初の会社は、その不義理を今でも悔やんでいるけれど、後悔を振り払うように、新しい会社の仕事と人間関係に熱中した。

9年間勤めた会社を辞めるときは、さすがにいろんな感情が湧きおこり、送別会の帰り道で自然と涙がこぼれて、阪急電車のなかで必死に隠した。でも縁あって入社する新しい会社は、年収が下がるにもかかわらず、ビジネスの可能性にワクワクさせてくれた。

異業種に転職したときは、顔なじみのクライアントも担当者もいなかったし、業界で有名な会社なんか一つも知らなかったけど、無知であるがゆえの“知る”喜びが刺激的だった。

最後に勤めた会社では、失敗ばかりのダメ社員だったが、少数精鋭の会社のなかで「自立して働くこと」を学び、フリーランスとしての基礎ができた。でも、仕事の失敗、絶望、喪失、人間関係、いろんなことをこじらせてしまい、最後は「うつ病」を理由に退職することになったのが心残り。

これだけは今でもいい思い出だったとは言えないが、いつかもっと大きな形で恩返しをするタイミングがくるだろう。

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平凡でも歩んでいくこと

「起業最高!」「フリーランスで自由を満喫!」「転職した会社で幸せです!」という“キラキラ系”をインターネットで見かけると、うらやましく感じる。ぼくのキャリアはそれほど輝かしいものではないし、むしろどこにでもある平凡なもの、いや、かなりしんどい時期も多かった。

業界で有名になるぐらいの実績をだすイメージだったし、転職するときは「ひっぱりだこ」になるハズだったし、独立してすぐに会社員以上の収入を手にして、起業に向けて突き進んでいくつもりだった。

でも、そんな現実を生きることはできなかったし、人から見れば失敗ばかりだったのかもしれない。そして、今でも自分がどんな位置にいるのか分からない。

そして会社員時代の最後にうつ病になるなんて予想外。どちらかと言えばマイペースで、ポジティブで、思いつめる性格ではないと思っていたのに、実際の自分は真逆。医師から「鬱です」と告げられたときは、診断が間違っているような気がして、なかなか受け入れることができなかったことを覚えている。

「現実はそんなに甘くない」ということではない。

ぼくのキャリアの歩みがたまたま「地道タイプ」だったということだろう。一気に駆け上がっていく「ドラマチックタイプ」の人ばかり注目されるが、ぼくのように人知れず、静かに呼吸をしながら、どこかで仕事をしている人の方が圧倒的に多いはずだ。

社歴とともに積みあがる“何か”から解放される

転職で「ゼロ」にはならない。

「ゼロから始める意気込み」はあっても、本当にゼロになることはない。今まで培ってきた仕事のスキルは、会社を変わったとしても必ず共通するものがあるし、今は堅苦しい言葉で話している同僚に「今日飲みに行く?」と誘える日が必ずくるだろう。

“イヤな奴”“うざい上司”で有名だった人が会社を辞めていくとき、今までがウソのように “いい奴”になる姿を見たことはないだろうか? きっと元々の性格が歪んでいたのではなく、同じ会社で仕事をしている間に、人間関係、力関係、しがらみ、保身、いろんなものに縛られて、性格をねじ曲げてしまうことがあったのだと想像する。

退職を決めた瞬間に、小さなハコのなかにうず巻く何かから解放され、自由になって会社を去っていくのだ。

社歴とともに“美しい年のとり方”をする人も稀にいるが、ほとんどの場合は余計なぜい肉をつけて太ってしまうのではないか。だとしたら、定期的にデトックスをして、アンチエイジングをすることも長い仕事人生において大切なのだと思う。老廃物がたまってあふれたとき、ぼくのようにうつ病という形で表面化してしまうことがある。

あまりにもキツいときは逃げたっていい。解放を望んだっていいのだ。

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転職で「ゼロ」にはならない。

転職で「ゼロ」にはならない。

ため込んだぜい肉を手放し、たとえ平凡であっても、今までとは違った軽やかさで、新しい「イチ」を積みあげていくだけだ。

年収が下がる、仕事がうまくいくか分からない、役職がなくなる、いろんな不安を感じるかもしれない。「ゼロ」には「すべてを捨てる」イメージがあるのだから無理もない。でも「イチ」に戻ると考えれば「一次的に手放す」ことなのだと理解できる。

・30歳をすぎたら転職できない
・結婚したら身動きがとれない
・キャリアアップをしなければいけない
・今がラストチャンス

本当にそうだろうか?

いろんな煽り文句に踊らされてしまうが、本当にそうなのだろうか? 同じ方向にしか正解がないように見えるのは、自分にとっての正解を見失っているからなのかもしれない。

「ゼロになるわけじゃないんだし、転職するのもアリなんじゃない?」

“ブラック企業”に悩むご夫婦には、そう伝えることにした。

著者プロフィール

kobayasi100

小林敏徳(トシノリ)

ブログ作家・ライター。ミラクリを運営。日本と世界のあちこちで文章を書き、化粧品の企画をしています。うつ病経験者です。kakeru、ノマド的節約術、THE LANCERなどで執筆中。(Twitter:@enrique5581

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